2021年10月よりカワサキモータースジャパンの社長に就任した桐野英子氏のインタビュー中編は、ジェットスキーとの関係性について。
水上バイク史上初の純正オーディオ搭載モデルや、ファン待望の4ストロークスタンドアップは、なんと桐野氏が手がけたジェットスキーでした。
思わぬ裏話やカワサキらしいエピソードとともに、当時を振り返ってもらいました。
決め手は「クラス最強、最速」
2009年にフランスから日本に戻られて、ジェットスキーとは疎遠になってしまったのでしょうか?
日本に帰ってきて最初は営業部門にいたんですけど、自ら希望して商品企画に異動しまして、その商品企画で担当したのが 二輪のNinja H2とジェットスキーのSX-R でした。4 ストの立ち乗りの。
!! これは知りませんでした。
あれ(SX-R)はすっっっごい苦労しました。それこそ川崎重工の偉いひとのところまでプレゼンに行きましたからね。神戸本社に「どうしてもコレを作らせてほしい」というプレゼンに行って、社長はテレビで東京から参加して、本社には副社長とか偉いひとがズラッと並んでいて。
それは緊迫感のあるプレゼンですね……。
そこでなぜやりたいのかを説明して。最終的には今でも忘れませんけど、「クラス最強、一番速いです!!」と私が言い切って、今はもう退職されてますけど当時の副社長が「まあ、いいんじゃない」ってニッコリ笑ってくれたのが決め手でしたね。
実にカワサキらしいやり取りですね。
私もビックリしました。その副社長さんはオートバイともジェットスキーともまったく関係ない、川崎重工の副社長ですから。もともと航空機部門の出身の方だったと思うんですけど、ジェットスキーとかも全然ご存じない。乗ったこともない。でもクラスで一番速いです、出力が高いですって言ったらOK が出たので、「やっぱり川崎重工自体がそういう社風なんだ」とそのとき思いましたね。
SX-R誕生秘話
少し話は前後しますが、商品企画というのはどのような部署なのでしょう?
まず企画の部分は、市場動向やお客さんを見ながらどのようなモデルを作るか数年分の計画を立てます。それを決めてしまったらあとは調査もしますし、設計さんに「こういうものを作ろう」と話をして、そうすると設計さんから「それだったら新規でこういうのを作ったらいいね」とか、「流用でこういうアイデアでこういうものができるよ」とか。そういうのを全部まとめていくんですけど、一番のポイントは付けられる値段とコストが合っていないといけない。
なるほど。
いいモノはいくらでも作れますけど、じゃあこれが1000 万円ですよ、みなさん買ってくれますかと。そもそも「買ってくれますか」というのも企業としては問題なんですけど、それよりもせっかくいいモノを作ったら、やっぱりみなさんにそれを理解していただいて、みなさんにそれで幸せになってもらいたいんですね。
シアワセ、ですか。
でも、そんな買えないような値段をつけたら、何のためにやっているのかわからないじゃないですか。だからいくらの値段が付けられて、コストはいくらまでだったらできて、そのためにはこれは諦めよう、こっちは採用しようという選択をしないといけないんです。
そうした苦労のうえで誕生したのがSX-Rだったわけですね。
あれはもう、みんなに反対されました。「ジェットスキーはもうヤメるんちゃうんか?」って偉いひと全員から言われて(笑)。いえいえヤメませんよと本社まで説明に行ったわけです。
そこまでしてSX-Rを世に出したかった理由はなんだったのでしょうか?
一番の理由は規制です。2ストでは一切乗り入れできない、認められない場所が増えてきて、そろそろ潮時だねと。それで立ち乗りをヤメるのか、4ストで作るのかという選択だったんですけれども、当社のフィロソフィである「スポーツ性」とか、ジェットスキーというのが当社の登録商標で、そもそも立ち乗りから始めたんですよね。それを考えたら、ここで 4ストに置き換えようという選択をしました。ちょっと(サイズは)大きくなっちゃいましたけどね。でもその代わり速いですから(笑)。
スピーカーを付けたのは私です
他にも携わられたジェットスキーはありますか?
2014年のULTRA 310LXですね。(ジェットスキーに)最初にスピーカーを付けたのが私です(笑)。
これはまた革新的なモデルに携わってますね。
実はその当時、USB の防水性が確保できなくてUSB(を付けるの)は諦めていたんですよ。それだけこだわるメーカーが、スピーカーを付けたんです(笑)。世の中のひとからしたら「なんでやねん、スピーカーよりUSB の方がいるやろ」と思うかもしれないですけれども、そこは当社の品質に対するフィロソフィもあって。結構苦労したんですけど、あのスピーカーは(品質も)クリアして装着できました。それで最初(のモデル)は USBを諦めちゃったんですけど、そのあと付けましたね。