水上バイクレスキューの世界最高峰に身を置く8日間|K38 JAPANが『2025 K38 USAトレーニング』で得たもの

photo & text/岸浩明(K38 JAPAN 代表)

K38 USA主催のトレーニングに
K38 JAPANが参加

今回のトレーニング参加者。左から本稿の執筆者であるK38JAPAN代表の岸 浩明、K38 TAIWAN代表、K38創始者ショーン・アラディオ、K38 JAPAN多賀谷健太郎と外間 綾

2025年11月1日(土)から8日(土)の1週間、私たちK38 JAPANはアメリカ・カリフォルニア州でK38 USAが主催する『2025 K38USA Training』に参加しました。

このカンファレンスおよびトレーニングは、世界各国に点在するK38のインストラクターを対象とした研修が主な内容です。

K38 JAPANが参加したのも私(K38 JAPAN代表・岸 浩明)が国際レベルの高度カリキュラム(ステージ4・5)を正式に習得することと、K38 JAPANの新人インストラクターの教育体系を確立するための情報収集が目的でした。

私たちの参加は実に5年ぶりでしたが、今回の渡米はただのスキルアップに留まらず、国際的な海上安全文化の源流に触れる『再創造の旅』ともいえる体験となりました。

K38の創始者でありこのトレーニングのオーガナイザーを務めるショーン・アラディオ氏は、世界中の海上安全機関から絶大な信頼を得ている人物であり、彼女の指導哲学や行動規範がK38の確固たる礎になっています。

今回私たちはその本質に直接触れ、それを日本のひとたちにも知ってほしいと強く感じたため筆を取った次第です。

技術だけではなく文化を学ぶ場所

 

初日から4日目までは座学での講義が中心でしたが、初日にショーン氏が語った言葉が実に印象的であり、K38を象徴するものでした。

「Knowledge,Integrity,andResponsibility(知識、誠実さ、そして責任)」

この三位一体の原則は、K38が全世界で貫いてきた哲学です。

水上バイクを操るためのテクニックだけ磨くのではなく、知識を貪欲に蓄え、人や物事に誠実であり、そしてあらゆることに対して責任を持つこと。

これらは水上で人々の安全を守る者としての心のコンパスともいえる存在です。

そしてショーン氏は「技術は一時、誠実は永遠です」と続けました。

海は予測できず、人命は一度失われれば戻りません。

だからこそ、指導者に必要なのはどんな状況にも誠実に向き合える姿勢なのです。

K38は単なる水上バイクを用いたレスキュープログラムではなく、価値観や判断、行動を育てる海上安全の文化そのものであると、この言葉で改めて実感しました。

国際的な海事法から日本が学ぶべき基準

今回のカンファレンスでは、国際的な海事法や責任についての講義が非常に深く、航行ルールや港湾規則、赤緑灯と航行の意味、警察・消防・沿岸警備隊との連携、事故発生時の法的境界線、さらにはVHF無線の使い方など、ここには書ききれないほどのボリュームでした。

そしてその内容は、日本の水上安全に従事する者がかならず理解すべき領域といえるでしょう。

なかでもショーン氏から語られた「法を理解しないオペレーターは事故の加害者にも被害者にもなり得ます」という言葉は強烈なインパクトでした。

これは安全を司るプロフェッショナルだけではなく、一般の水上バイクユーザーにも言えることです。道路交通法を理解していないひとが車を運転していれば、事故を起こしたり事故に巻き込まれたりすることは想像に難くありません。

日本の水上ではそれと似たようなことが起きており、その原因のひとつは継続的な海事法教育の不足です。K38 JAPANはその部分を体系化していく必要があると、改めて実感しました。

モロ・ベイで感じたアメリカ社会に根付くK38

モロ・ベイハーバーパトロールの職員たちと記念撮影

 

5日目からは実践トレーニングがおこなわれましたが、カリフォルニア州モロ・ベイのハーバーパトロールが業務用の水上バイクを私たちに貸し与えてくれました。

ハーバーパトロールは地域の海上安全を担う重要組織であり、その装備は公共の財産とも言えます。

それを貸与することは本来考えられないことですが、これはアメリカにおけるK38の社会的信頼度の高さを示しており、「K38は我々と同じ海を守る仲間」という強いメッセージと受け取れます。

ハーバーパトロールの職員たちもK38の理念に深く共感して、運用技術や判断、リスクマネジメントなどが深く共有されていたことには驚きました。

そしてモロ・ベイ湾は独特な港の形状や潮位差7フィート(約2.1メートル)以上、強風、残波、といった多用なリスクが複雑に絡み合う場所であり、ここでのトレーニングは判断力や観察力、そして精神の安定が試されます。

前述したK38のステージ4・5の内容にはこれらの環境下での訓練も含まれており、日本では経験できないほど高度なトレーニングでした。

モロ・ベイでのトレーニングは大波・強風・視界不良の過酷な環境でおこなわれました
荒れた海上だけではなく、港湾内での運用や地域特性について学ぶ機会も

USCGとの合同訓練はショーンとの信頼の証

トレーニングも佳境に入った7日目に、US Coast Guard(USコーストガード/米国沿岸警備隊)との合同訓練が実現したのは歴史的な意味を持つ出来事でした。

海外の民間団体など本来であれば門前払いですが、ショーン氏は「海上安全文化を牽引する存在」としてUSCGの隊員からも深く尊敬されており、その信頼が私たちの参加を可能にしました。

訓練はまさに実戦そのもので、潮流の読解や風浪の影響下での艇の挙動、複数事案が同時発生した際の判断、隊員同士の情報共有と指揮系統、さらには夜間での判断まで、日本ではまず経験できない内容でした。

そして今回のトレーニングでステージ4・5を無事に修了し、私はK38マスターインストラクターの認定を受けました。

これは技術だけではなく判断力や倫理観、文化、姿勢、リーダーシップを総合的に評価されたもので、今後は私が得たものを日本でも広く伝えていければと思います。

USコーストガードとは夜間訓練を実施。夜間のライン取りや実戦シナリオでの夜間判断の演習がおこなわれました

K38 TAIWANとの協働でアジアの水上安全を確立

今回のトレーニングには私たちの他にK38 TAIWANの代表も参加しており、彼らとはアジア圏での安

全基準や共同講習、日本での氷海・寒冷期トレーニングの実施など、多岐にわたる議論を交わしました。

両国のK38が連携することで、将来的にはアジア全体の海上安全文化を底上げしていくことができそうです。

また毎晩ショーン氏が私たちに手料理を振る舞ってくれたのですが、その晩餐会には研修以上の価値がありました。

彼女の言葉、姿勢、人への接し方はすべてに学びがあり、K38が「技術者」を生み出す集団ではなく、「人を育てる文化」を大切にしていることを感じました。

アメリカの海事・救助分野で「名誉の印」とした贈られるアワードパドルがトレーニング参加メンバーに贈られました

新たな責任と使命を胸に安全文化を創る団体へ

今回のトレーニングで得た学びを日本へ還元するため、まずは私が受けたステージ4・5のトレーニングを日本でも正式展開していきたいと考えています。

そのためには災害時を想定した訓練や、冬期、氷海、激浪でのトレーニングも体系化する必要があります。

また日本でも各自治体や消防、警察とのさらなる連携強化が必要であり、国際基準の教材の整備や倫理教育の刷新、水上バイク文化の健全化に向けた啓発活動なども力を入れていく必要があります。

そして何より、私たちが8日間で得た最大の収穫であり、日本に持ち帰るべき宝といえるのが「技術ではなく文化と信頼」というマインド。

これを胸に、K38 JAPANは技術の団体から安全文化を創る団体へと進化し、日本の水上安全を次のステージに導いていきます。


K38 JAPAN
http://k38japan.com

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