【世界2位】カワサキワークスに抜擢され水上バイクレースの世界大会で躍進|佐藤舞旺インタビュー

 

日本人では金森 稔さん以来となるカワサキワークスに抜擢され、初陣となる世界大会ではその重圧をはね除けカワサキにワンツーをもたらした佐藤舞旺。

水上バイクレーサーとしてはサラブレッドともいえるその生い立ちからこれまでの足跡まで、若干20歳の若きサムライの素顔に迫ります。

佐藤舞旺(さとう まお)
2004年8月11日生まれ。20歳。大阪府貝塚市出身。国内有数の水上バイクアフターパーツブランド『サトーエンジニアリング』を手がける佐藤裕二代表の次男。

幼少期からモータースポーツに熱中
でも水上バイクは怖かった?

――お父さん(サトーエンジニアリング代表・佐藤裕司さん)が水上バイクのパーツメーカーということもあり、小さいころから水上バイクには馴染みが?

そうですね、覚えていないぐらい小さいころから(うしろには)乗っていたと思います。それこそ生まれてすぐとか。学校に行くようになっても、夏休みになるとかならず家族で乗りにいったりしていました。

――何か思い出に残っていることはありますか?

よく淡路島に1泊2日で家族旅行をしていたのは覚えています。家族でどこかに遠出するときは、だいたい水上バイクも一緒でした。

――小さいころは水上バイクにどのような印象をお持ちでしたか?

3歳のころからモトクロスをやらせてもらっていて、カートもやっていたのでそれと同じ「モータースポーツ」のひとつとして見ていました。水上バイクだけが特別だったとか、そういうことはなかったですね。実は免許を取るまで、水上バイクにそれほど興味もなかったんです(笑)。

――それでも16歳になってすぐに免許を?

そうですね。うちは家族全員水上バイクの免許を持っていますし、それが当然の流れでした。自分で操船するのは怖かったので、そんなに乗りたいとは思っていなかったですけど。

――そこからなぜレースに?

せっかく免許も取ったし一度ぐらいはと思って、その年(2020年)の耐久レースにエントリーしました。スタンドアップで、しかもひとりだったのでさすがに不安でしたね(笑)。

――操船するのも怖いぐらいだったのに、思い切りましたね。

やっぱり最初は怖かったですし、1周に1回は転ぶぐらいでしたよ(笑)。でもせっかく出るならと思って猛練習していたら、いつの間にか怖さは感じなくなっていました。

――誰かに乗り方を教えてもらったのでしょうか?

服部師匠(服部和生/現役プロライダー)に教えてもらいました。今も変わらず、毎週日曜日には欠かさず師匠がいる長良川で練習しています。

――すぐに上達しましたか?

それなりに乗れるようになるまでは意外と早かったと思います。モータースポーツの他にもスケボーとか色々なスポーツをやっていたので、その経験が活きていたのかもしれません。

――服部さんの教えでもっとも記憶に残っていることは?

うーん……、まあ、色々ですね(笑)。ライディングのテクニックからエンジンのバラし方まで、色々教えてもらいました。

――そして2時間の耐久レースをひとりで走りきり、なんと優勝されたそうで。

走り切れて優勝できちゃったので、そこでレースの楽しさを少し味わっちゃいました。ただ2時間走るのは当然ですけどしんどかったですし、楽しいとキツいが半々でしたね。

本人が記憶していた初レースより少し前に、北海道でのX-2ミーティングと550でのヴィ ンテージレースに参戦。どちらも優勝していたようです(佐藤舞旺Facebookより)
SX-Rで2時間の耐久レースを走りきり見事優勝。この日は父・裕司さんの誕生日だったそうで、表彰台の一番高い場所にご招待

――それで翌年の2021年から全日本選手権シリーズにも参戦するわけですが、なぜ本格的にレースをやってみようと?

ふと「何かで世界チャンピオンを取ってみたい」と思ったんです。今まで色々なスポーツをやらせてもらいましたけど、そのなかでも一番身近でなじみ深くて、両親からの理解も得られて、応援もしてもらえそうなのが水上バイクだったので、じゃあそれ一本に絞って世界一を目指そうじゃないかと。

――ご両親の反応は?

全力で応援してくれていますね(笑)。今はクルマの免許も取ったので自分ひとりで練習に行ってますけど、前はお父さんが運転してくれていましたし、マシンの提供から金銭的な部分まであらゆる面でサポートしてもらっています。

――はじめての全日本のレースはいかがでしたか?

日本全国から色々な選手が集まりますし、なかには年齢の近いひともたくさんいるので、やっぱり「負けたくない」という思いが強かったですね。小さいころからモータースポーツをやっているから、競争心はけっこう強いタイプなんです。負けず嫌いなんですよね(笑)。でも自分より速いひとがたくさんいるのも目の当たりにしましたし、簡単ではないとも感じました。

――それでも初年度からシリーズチャンピオンに輝き、2022年のシリーズも順調にステップアップしていったのはさすがですね。初の海外レースに挑戦したのもこの年でした。

小さいころから観戦に行っていたワールドファイナル(米国アリゾナ州レイクハバスで開催される世界大会)でこんなに早くレースに出られるとは思っていなかったので、とてもうれしかったです。やっぱりあの場所は夢の舞台ですから。

――その翌年にはタイでのワールドカップにも出場されました。今や世界最大の国際レースといっても過言ではない大会ですが、どのような印象でしたか?

見るのも行くのもその時がはじめてだったんですけど、ワールドファイナルとはまた違った雰囲気で迫力がすごかったですね。スケールが大きいというか。レースのレベルが高いのはもちろんですけど、会場の周辺まで盛り上がっていて、大会としても素晴らしいと思いました。

初参戦の海外レースで見事2位表彰

日本人2人目の
カワサキワークスライダーに
 

――2024年にはプロクラスに昇格しましたが、ケガで2戦目まで欠場。3戦目から出場し、結果は予選敗退でした。

力の差を痛感させられました。国内トップクラスで走るひとたちはやっぱり速くて、今までの自分の走りじゃまったく通用しなくて。正直焦りましたし、走り終わったあとは悔しさがこみ上げてきました。

――そこからより熱を入れて練習していったと。

どうすれば速くなれるのか、常に自問自答しながら練習していました。

――その成果もあってか、4戦目と5戦目は表彰台まであと一歩でした。

自分の走りも成長できたと思いますし、この年からマシンをハイペリオンに乗り換えたのでマシン的にも大会を重ねるごとにどんどん精度が上がっていって。この年のシリーズは結果的に13位でしたけど、まだまだ上を目指せる手応えはありました。

――ちなみにハイペリオンというマシンは、どのような特徴がありますか?

コーナリングとトップスピードを両立できる、バランスのいいマシンだと思います。体が引っ張られるような力強いトルク感もありますし、あとはもの凄く乗りやすいので、誰が乗ってもある程度は速く走らせられるのも特徴ですね。開発には服部師匠も携わっていました。

――そして迎えた2025年ですが、カワサキのワークスチーム『FACTORY KAWASAKI』のメンバーとして走ることが発表されました。

なぜ自分に声が掛かったのか詳しい理由はわかりません(笑)。たぶん2024年のワールドカップでカワサキのハイペリオンを借りて走ったんですけど、そこで少しいい走りができて(総合6位の好成績)、それが目にとまったのかもしれません。

――ワークスライダーとして走るのは世界戦のみとのことですが、その初陣となるワールドシリーズ開幕戦が5月に日本で開催されました。プレッシャーは感じましたか?

ケガで国内シリーズの開幕戦も欠場して、ほとんど練習もできていない状態での本番だったので、もの凄く緊張しましたしとてつもないプレッシャーも感じました。その結果が予選でのミスコースです(笑)。1位を走っていたんですけど、やってしまいました。そんな状況ですから、敗者復活もガチガチに緊張していて。なぜか敗復にケビン(現役世界チャンピオン)もいるし、他にも強豪ライダーがたくさんいてさらに緊張しました。なんとか1位で決勝に進めてホントによかったです。

――マシンは絶好調だったようですが、ワークス体制はライダーにとって最高の環境?

何から何まですべてが揃っていますし、マシンはトラブルもなく絶好調で、あとは人間が頑張るだけの完璧な状態に仕上げてくれています。レースのための万全な状態を作ってもらえるので、ライダーとしては最高の体制ですね。それもプレッシャーだったりするんですけど。

――そんななか決勝は2レースともに中盤ぐらいのポジションから追い上げる展開でした。

元々スタートは得意なんですけど、今回はタイミングがうまく合わなくて。マシンはホールショットを狙える仕上がりだっただけに、ちょっと残念でした。

――それでも徐々に追い上げて、最終的にはチームメイトのジェームス・ウィルソンとともにワンツーで表彰台に上がりました。

表彰式でお立ち台に上がったときに、ようやく緊張から解放されてうれしさがこみ上げてきました(笑)。ケガで練習がまったくできていない状況のなか、ワークスライダーとして1位を目指さなきゃいけないのはとてつもないプレッシャーで、緊張と焦りからミスもたくさんありましたけど、表彰台に上がってようやくホッとひと息つけたというか。まずは初戦で結果が残せてよかったです。

5月に大阪で開催されたワールドシリーズ開幕戦では、FACTORY KAWASAKIがレースを席巻。佐藤はMOTO 1が3位、MOTO 2が2位で総合2位に輝き、チームメイトのジェームス・ウィルソンとともにワンツーフィニッシュ。カワサキに最高の結果をもたらしました。ちなみにウィルソンは「速くて優しいライダー」と佐藤

幼少期に培った負けん気
目指すは世界一

 ――レーサーとしての自分の長所と短所を教えてください

自分を分析する力はある方だと思います。自分のこういうところが足りていないから、こういう練習をしようとか。だから短所というか、今足りていない体力面は今後の課題だと思っています。レース終盤はいつもヘトヘトになって気力だけで走っている状態ですし、あとはケガで練習できていなかったのもあって体力が落ちているから、体力作りの有酸素運動とかは積極的に取り入れていこうと思います。あとはサーフィンが趣味なんですけど、それも良い運動になるので続けていきたいですね。

――他にも趣味はありますか?

スケボーもそうですし、あとはスノーボードもやります。横乗り系のスポーツはだいたい好きですね。

――平日はお仕事があると思うのですが、今年は海外戦も増えてスケジュール的にも金銭的にも負担が増えそうですね。

海外への遠征費はチームが負担してくれるので、その心配は無くなりました(笑)。ワールドシリーズは全戦出るので、今後のスケジュールは7月のベルギーと12月のタイ、あとは10月のワールドファイナルにも出るかもしれません。国内のシリーズ戦も全戦出る予定なので、それなりに忙しくはなりそうですね。

――プライベートな時間は確保できそうですか?

平日にも意外と時間が取れるので友だちと遊びに行ったり、趣味に没頭したり。そこのバランスは取れています。

――最近は同年代の若いレーサーも増えてきましたが、特に仲が良いのは?

歳はちょっと離れているんですけど、いつも一緒に練習している益子隆吉くんは仲がいいです。というか長良川で練習しているひとたちはみんな仲がいいですね。ファミリーみたいな感じで。

――お父さんの仕事を手伝ったり、今後一緒にやっていこうとは考えていませんか?

小さいころはたまに手伝ったりしていましたけど、今はほとんどないですね。将来的に一緒にやったり、僕が受け継ぐこともないと思います。何かをイジったり作ったりするのが好きなのでやりたいと思っていた時期もあったんですけど、「他のことをやりなさい」って言われて(笑)。

――最後に今シーズンの目標を教えてください。

やっぱり国内シリーズもワールドシリーズもチャンピオンが目標です。とりあえずは7月のベルギー大会で優勝するのが直近の目標です。

――ちなみにチームメイトのウィルソンと競うことになったら、どちらが優先などのチーム采配はあるのでしょうか?

今のところ言われていないので、レースが始まったら他のライダーと同じライバルです(笑)。スタートだけインとアウトにわかれますけど、走り始めたらお互い「負けられない」と思っているので。ジェームスの前を走って世界チャンピオンになれるように頑張ります。


カワサキモータースジャパン
https://www.kawasaki-motors.com/ja-jp/

サトーエンジニアリング
https://speedmagic.co.jp/

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