「三冠女王」誕生の舞台裏|世界チャンピオン・金子真珠インタビュー

photo/Jin Omura

2025年12月、ひとりの若き女性レーサーが世界最高峰の舞台で堂々の走りを見せ、ワールドカップ、ワールドシリーズ、そしてアジアチャンピオンシップの三冠を獲得。

史上初の快挙を成し遂げた金子真珠選手に、その舞台裏と今後の展望を語ってもらいました。


世界チャンピオンを目指して
まずは国内シリーズからスタート

HWSM 2025年のシーズン前に掲げていた目標は?

金子真珠 タイのワールドカップでチャンピオンになることです。レースを始めるきっかけになったのがワールドカップだったので、そこでチャンピオンになることが私の夢というか最大の目標でした。

HWSM 世界を転戦するワールドシリーズと、国内の全日本選手権シリーズにも参戦されていました。

金子真珠 どちらも出るレースは1戦ごとに全力を尽くすっていう意気込みはありましたけど、シリーズチャンピオンを狙っていたわけではなくて、あくまで目標はワールドカップでの世界チャンピオンでした。

HWSM まずは国内シリーズから振り返っていきましょう。2024年は2年ぶりのシリーズチャンピオンに輝き、2025年は連覇が期待されるシーズンでした。ところが開幕戦こそ勝利したものの、2戦目(ワールドシリーズ/アジアチャンピオンシップ開幕戦との併催大会)では元チャンピオンの服部恵選手に星を譲る形に。

金子真珠 強敵出現、という感じでした。メグさんが現役のときは利根川で練習していたそうで、出身がその近くということもあって、歴代の女性レーサーでもトップクラスというお話しは周りから聞いていました。

HWSM 面識はありましたか?

金子真珠 2024年に何度かお目にかかる機会があって、応援してもらったりアドバイスをもらったことはありました。憧れの気持ちもあったんですけど、まさか一緒に走れるとは思ってもいなくて。案の定、簡単には勝てなかったですけど、ライバルが増えて大変だなと思うよりも、いい刺激になったし学ぶこともたくさんありました。みんなが「カッコいい」と言っていたのも実感しましたし。

HWSM 2戦目以降は苦戦が続き、最終戦を迎えた時点では服部選手がシリーズリーダーでした。

金子真珠 私がシリーズチャンピオンを獲るのはちょっと厳しいかもなって、最終戦の前までは思っていました。シリーズ第2戦ぐらいからマシンの調子も100%ではなくて、自分自身も100%ではなかったので、最後まで走りきれるかも不安な状態だったので。

HWSM それでも最終戦で勝利して、シリーズ連覇を達成しました。

金子真珠 レースの前にいつもイメージトレーニングをするんですよ。勝てたときと負けたときの両方を思い描くんですけど、最終戦のときは土曜日のMOTO 1がダメで、誰がどう考えてもメグさんがそのままシリーズチャンピオンになる流れだったんです。

HWSM そこでどのようなイメージを?

金子真珠 普通なら負けたときのことを想定しておくところなんですけど、そのときはなぜか諦められなくて。自分が1位になったときの表彰式をイメージしていました。気持ち悪いですよね(笑)。

HWSM 勝つことをイメージするのは大切なことです。

金子真珠 昔は1位になると表彰式でちょっと長めのインタビューがあったので、レースが始まる前からその内容を考えていたこともあって(笑)。今思い返せば、そういうのも結果に結びついたのかなって。最終戦は完全に運も味方してくれた形でしたけど。

悲願の世界タイトルに向けて
ワールドカップへ

photo/Jin Omura

HWSM 国内連覇を達成して良い流れで12月のワールドカップを迎えられましたが、MOTO 1では惜しくも2位でした。そのときの手応えは?

金子真珠 2位でしたけど、これなら戦えるっていう感触はありました。ただ残り3レースあるから、何があるかわからないとも思っていて。

HWSM 好感触ながら1位になれなかった要因は?

金子真珠 スタートで前に出られてしまって、合流は3番手で。ひとり抜いて2位に上がって、そのままトップの選手を追いかけていたんですけど、序盤でテザーコードがハンドルに巻き付いてしまって。いつか反動で抜けると思っていたら、トップ艇をラップできそうな瞬間に案の定コードが抜けてマシンがストップ。

HWSM そこで大きく差が開いてしまったと。

金子真珠 がんばって走ったんですけど届かなかった、ということがあっての2位でした。ただマシンがストップして再始動してからもう一度追い上げて差を縮められたので、手応えは感じていました。

HWSM 最初のレースで気負いはありませんでしたか?

金子真珠 チームの仲間やメカニックが「MOTO 1は練習だと思って走ればいい」と言ってくれていました。実は今回のレースはベルギーのBNJ(元世界チャンピオン・倉橋優樹さんのチーム)からマシンを提供してもらったんですけど、7月にベルギーで開催されたワールドシリーズ第2戦とほとんど同じ仕様だったんです。

HWSM そのときの結果は2位だったので、十分戦えるマシンだったと。

金子真珠 ただベルギーの大会は湖だったので、海では一度も乗ったことがなくて。タイに来てからも1、2回しか練習できなかったので、MOTO 1のスタートグリッドでは不安で震えていました。

HWSM レース前は緊張しますか?

金子真珠 普段は緊張もしないタイプなんですけど、そのときは気持ち悪くなるぐらいに緊張していて。そんなときにみんなから「練習だと思って楽しんできて」と言ってもらえたので、1周ごとにマシンの挙動を確認しながら気楽に走れて、そのうえで「いけるかも」っていう気持ちになれたのは大きかったです。

トラブルを乗り越え
2走目は大差の勝利

photo/Jin Omura

HWSM その感触どおりMOTO2以降は圧倒的な大差でした。

金子真珠 実はMOTO 1のあとにマシンの不調が判明して、MOTO2に間に合うか微妙だったんです。マシントラブルはレースに付きものですし常に覚悟はしているんですけど、タイでは2年前からトラブルでポイントを落としてチャンピオンを逃していたんです。1周も走れなくて最下位のポイントももらえず、0ポイントになってしまうのを何回か経験していたので、なんとかスタートできて1周だけでも走らせてほしいと願うような状況でした。

HWSM 舞台裏ではそんなことがあったのですね。

金子真珠 ただ今回はチームもマシンも信じていたので、そこまで悲観はしていなかったというか。MOTO 1は事前に納得できるだけの練習ができなかったことで不安を感じていましたけど、マシンそのものは信頼していましたから。あとはこれまでの経験から、少し達観していた部分もありました。トラブルはかならず起こるし、これもレースだよなって。結果的にマシンは間に合わせてくれましたし、ノントラブルで走りきって1位で帰ってこれました。

HWSM 完璧なレース内容でした。

金子真珠 ワールドカップのレース水面なら、MOTO 2はマシンが不調でもスタートできればなんとかなるとは思っていました。午前中のMOTO 1は波もほとんどないベタな水面なんですけど、午後になると風が出て荒れてくるので。周回数も多いし、1周ずつ冷静に、丁寧に走ればなんとかなると。そのうえでマシンは何も問題なかったので、最高の結果につながりました。

HWSM これまでの経験が活きたと。荒れた水面は得意ですか?

金子真珠 好きではないです(笑)。どちらかといえばニガテです。今回は直前のケガで出られなかった久米さん(久米由紀子選手)とか六花(鎌田六花選手)の方が荒れた水面は得意なので、彼女たちがあそこにいたら結果は違っていたかもしれません。

HWSM 独走状態でしたが後続のライダーの位置は把握していましたか?

金子真珠 ある程度の差が開いたらマシンが壊れないように労って走らせることもライダーの役目なので、うしろが見渡せる位置でチラッと確認して把握していました。水面が荒れていたからマシンへの負担も大きいですし、少しミスをすれば落水するリスクもあったので、ガムシャラに走るというよりは1つひとつの波を丁寧に超えていくような感覚で走っていました。

HWSM ちなみにレース以外の部分で、何かハプニングはありましたか?

金子真珠 海外レースでは体調管理と食事をいつも以上に気を付けているので、特に大きなトラブルはありませんでしたね。お腹は強いほうなので(笑)。むしろタイ料理は大好きなので、何でも食べられます。さすがに生ものとかリスクの高そうなものは控えますけど、食事や生活環境の変化がストレスになることはありませんね。

HWSM 海外のレースに適性があるのですね。

金子真珠 強いて言うなら、なぜかタイに行くと毎年風邪をひくぐらい(笑)。だいたいレースが終わったあとなんですけど、1回だけレースウィーク中に高熱が出ちゃって。フラフラだったので棄権したことがありました。レースに支障が出たのはそれぐらいですね。

タイトルが目前に迫り
涙をこらえながら走った最終レース

photo/Jin Omura

HWSM 話をレースに戻しましょう。MOTO 2以降は完璧な走りでしたが、どの時点でチャンピオンを意識しましたか?

金子真珠 土曜日のMOTO 1とMOTO 2が終わった時点ではアメリカのセイディ・ミア選手と私が同ポイントだったので、日曜日のMOTO3がカギになるとは思っていました。ここが取れればMOTO 4にいい流れで余裕を持って臨めると思っていたので、MOTO 3はなんとしても1位で帰ってくると意気込んでいました。

HWSM 目論見どおりMOTO 3も素晴らしい走りで圧勝でした。

金子真珠 その時点で少なからずチャンピオンを意識していましたし、チームのみんなも「これならいけるよ」って背中を押してくれていました。すでに喜んでいるひともいたぐらいですけど、今まであと一歩のところで何度も苦い思いをしてきたので、最後の最後までわからないとも思っていました。MOTO 4をゴールするまで、なんならゴールしたあとのインスペクションをクリアするまで気が抜けないと。

HWSM そして迎えたMOTO 4も盤石の走りで1位に。ゴールした瞬間はどのようなことを考えていましたか?

金子真珠 その瞬間はあまり記憶がないんですけど、ラスト1周の白旗が見えた瞬間に、急に感情的になっちゃって。いろいろなひとの顔が浮かんで涙が出そうになっていました(笑)。けっこう波もあったからミスしそうになったりして、涙をこらえながらなんとかゴールまで辿り着いた感じで。だからレースが終わった瞬間も「ヨッシャー!!」というより「やっと終わったー」っていうホッとした気持ちのほうが強かったですね。チャンピオンになった実感はまったくなかったです。

HWSM どのタイミングでチャンピオンになったと感じましたか?

金子真珠 やっぱり表彰式ですね。あの場所で、あの表彰台で一番高いところに立つためにやってきたので、トロフィーをもらった瞬間にようやく「あぁ、本当に取れたんだ」って。

HWSM チャンピオンになれた最大の要因はどこにあったと思いますか?

金子真珠 いろいろなことを信じられたこと、かな。マシン、チーム、メカニック、応援してくれる全員のことを信じて、自分のことも信じられたのが自信につながって。そのうえでみんなが見えないところでも動いてくれたり、サポートしてくれたからからレースを楽しむこともできて。それが何より大きかったと思います。

HWSM 5度目のワールドカップでチャンピオンになりましたが、感覚的には早かった? 遅かった?

金子真珠 十何年、十何回と挑戦しても取れないひとがいるんだから、と周りから言われましたけど、私としては「やっと獲れた」という気持ちが強かったのが正直なところです。5回のなかで「これは確実にいけた」という状況であと一歩届かなかったのが2回あったので、それを経験したからこその「やっと」という気持ちでした。

金子真珠のレース人生
第二章の幕開け

HWSM ワールドカップで見事にチャンピオンとなり、さらにワールドシリーズとアジアチャンピオンシップも獲ったことで3冠達成。すべてをやりきってしまった気もしますが。

金子真珠 やりきった感じはぜんぜんなくて、次に進めるなって気持ちです。ワールドカップを目標にずっとやってきて、それを獲れたことが一番うれしくて、そこに向けてがんばったらワールドシリーズとアジアも付いてきてくれたというか。とにかくワールドカップを獲れたことで、チャプター1は終了。次はチャプター2です。

HWSM 金子真珠のレース人生第二章はどんなことを?

金子真珠 自分のなかで考えていることはいろいろあるんですけど、まずは海外を主軸に活動していきたいと思っています。今の時点(2026年3月現在)では未確定な部分が多いんですけど、まずはワールドカップとワールドシリ―ズの連覇を第一の目標にしたいです。あとはUIMという団体のシリーズ戦も海外であって、私が戦いたい女の子たちはみんなそのレースに出ているので、私もそこでどれぐらい通用するのか試してみたいなと。

HWSM ヨーロッパの強豪はUIMに出ていますからね。

金子真珠 私が出られるかはまだわからないですけどね。それと世界各国の大会にスポットでもいいから参戦してみたいです。レースを始める前からいろいろな国に行ってみたいという願望があったので、それがレースを通じて実現できそうです(笑)。海外のレースが単純に好きなんですよ。レースの雰囲気もそうですし、フレンドリーでスポーツマンシップがある選手のみなさんも大好きなので。

HWSM 日本でのレースは?

金子真珠 海外でのレースを中心に活動すると日本にいられる時間も限られてくるので、国内のシリーズ戦をフル参戦するのは難しくなるかもしれませんね。出られるタイミングがあればスポットで走りたいと思っています。

HWSM 最後にファンのみなさんにメッセージをお願いします。

金子真珠 対面で声をかけてくれて応援してくれる方はもちろん、直接会えなくてもSNSなどでメッセージを送っていただけることも、自分にとってはすごい活力になっています。少しでも恩返しができるようにもっともっとがんばろうと思いますし、自分の走る姿、チャレンジする姿を通じて誰かを勇気づけられたり、背中を押せたらいいなと思っています。これからも応援よろしくお願いします。

金子真珠
2000年12月4日生まれ。25歳。埼玉県行田市出身。2025年にWGP#1主催によるワールドシリーズ、ワールドカップ、アジアチャンピオンシップの3冠を達成した、今世界でもっとも速い女性レーサー。ヨガインストラクターとしての一面も。趣味はヨガと読書。


おまけ
三冠獲得を見守った2名の証言

父からの証言
1人目:父・金子直樹さん

HWSM 表彰台に立っている姿を見た時はどのような心境でしたか?

金子直樹 最初に思ったのは、君が代が聴きたかったなって。

金子真珠 チャンピオンになったひとの母国の国歌が表彰のときに毎年流れていたんですけど、なぜか今年はウィーアーザチャンピオンがどのクラスでも流れていて。

金子直樹 いつかこの子がチャンピオンになったら、君が代を聴いて思いっきり泣くっていうのを想像していたんだけど、ちょっと違ったから(笑)。

金子真珠 感動というより、面白くなっちゃったよね。

金子直樹 それでも感動したし、立派になったなと。国歌はなかったけど、現地のタイ人から真珠コールが始まって。会場全体で「マーミ!マーミ!」って。それもうれしかったね。

HWSM お父さんが「この子はやれるかもしれない」とレースの世界を勧めたのは、間違いではなかったと。

金子直樹 今回こそ獲るって信じてたので。この子のレースが俺の生きがいになっているから、生きているうちはまだまだがんばってもらいたいね。

スポンサーからの証言
2人目:ファクトリーゼロ・今泉祐輔さん

HWSM 金子真珠選手をひと言で表すとどのようなレーサーですか?

今泉祐輔 自分の気持ちや思いをしっかり持っていると思います。これまでも世界で活躍するレーサーをサポートしてきましたけど、みんな芯が強くてバイタリティがありました。彼女も単身で海外レースに挑戦したり、そういう部分でのガッツはありますよね。

HWSM こんなに早く世界チャンピオンになると思っていましたか?

今泉祐輔 いつかはなるだろうと思っていましたけど、2025 年はちょうど歯車がかみ合ったんでしょうね。自分のやりたい方向性と手法がハッキリしているレーサーなので、そういう環境に身を置けたことも大きかったのでしょう。

金子真珠 いつもレース前にアドバイスをいただくんですけど、ワールドカップの前も「少しの緊張感と、あとはレースを楽しむこと」と言っていただいて。それを胸に走ってきました。

今泉祐輔 プレッシャーを力に変えられる選手もいるけど、彼女は伸び伸びと「ジェットが好き」という気持ちで走ることが結果につながったのでは。


取材協力

ジェットフィールド湘南
https://jetfieldshonan.jp/

ファクトリーゼロ
https://www.factory-zero.co.jp/

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